書き散らかした、モンハンクロス小説供養。
派手な戦闘シーンもなければ、世界観の説明も何も無いので支部にも置けず。
「参ったなあ……」
ボクのピンと立った耳は、旦那さんが低い声で呟いた言葉を捉える。幾つか文字を書いた石板の上に握っていた蝋石を置くと、ボクは旦那さんの方へ目を向けた。
さっきまでベッドの上で大人しく本を読んでいた筈の旦那さんは身体を起こしていて、蒼くて大きなボクの目と、翡翠色をした旦那さんの細い目が合った。
「どうしたのですニャ?」
「トラヴァー君。俺は今ね、猛烈にケルビの角切りがしたい。あと魚も釣りたい、キノコも採りに行きたいし草も漁りたい」
「……また採取病ですかニャ?」
「違うよ、ストックが減ってきたからさ」
「それを採取病と言うニャ」
最初に口にした『参った』というニュアンスからは程遠い、困り事ですら無い旦那さんの言葉の続きを聞いているうちにボクのヒゲが下がる。
次に浮かんだのは、旦那さんが狩りや採取依頼から戻る度、集めてきては次々とアイテムボックスに突っ込んでゆく姿。
「今だって、ボックスからよくモノが溢れてますニャ。ストックよりも、お願いですから片付けてくださいニャ……」
「はは、また今度ね」
旦那さんは垂れた目を細めて笑った後、手に持っていた本を閉じた。ベッド傍のサイドテーブルに積み重ねている本のタワーがふたつ。うち片方の上に置く、そしてもう一方から別の本を取ると、旦那さんはまた寝転がって分厚い本を眺めだした。
温暖期の昼下がり。藁を敷き詰めたベッドの上で、暑いからと上半身には何も着ていない旦那さん。ベルナ村は温暖期でも比較的涼しい筈なのだが、だらだらと寝転がり本を読んでいる様子を見てボクは「甲斐性無し」と覚えたてのコトバが思わず口から飛び出しそうになる。寸前までせり上がったコトバを止めたのは、旦那さんは役立たずなんかじゃないという事を知っていたから。
代わりに手元の石版の文字を消して、後で読んでもらうべく、こっそりと『だんなさん』『さいしゅ ×』『かたづけ 〇』『ほんを ほんだなに なおす』と書いておいた。
ボクの旦那さんの名前はハルベルという。通称「ハル」さん、職業はハンターだ。にも関わらず、狩りに向かう時以外は殆どだらけている。
旦那さんにスカウトされる前、ボクは猫バァちゃんやスカウト待ちの仲間にハンターがどんな人達かを沢山聞いてきた。
ボク達の仲間の中には前に別のハンターと活躍していたオトモも勿論いて──ハンターとは自然の脅威に敬意を払って戦うべく、普段から鍛錬を怠らない人々だ。と自慢げに彼らはそれぞれ話してくれた。
そんな話ばかり聞いていたので、初めてボクを雇ってくれた旦那さんも当然勇ましいハンターに違いないと最初は思っていたのだけど……現実は今見ての通り。
ボクは本を読んでいる旦那さんをそっと眺める。
黒みが強い深緑の髪を後ろに纏めて、垂れた細い目はいつも優しそうだ。
実際、旦那さんは優しい人だと思う。だってボクが旦那さんと会ってから、一度も怒った顔も見たことなんて無いのだから。
歳は知らないけれど、見た目は30歳位だと思う──と、これは旦那さんと一緒に狩りに行く人が言っていた。旦那さん曰く30は若く、自分はさらに上の歳らしい。いつも口癖で「俺みたいなおじさんには無理だよ」と言っているけれど……ボクや周りの人から見た感じは、面倒臭がるにしてはやっぱりまだ若いと思う。
一度だけ年齢を聞いてみたことがあるけれど、その時旦那さんは笑って「60過ぎた辺りからは数えるのをやめたなぁ」と明らかに誤魔化していたから、結局の所は分からない。
「ねえ、トラヴァー君」
「なんですかニャ?」
名前を呼ばれて、ぼんやりしていたボクはピンと背筋を伸ばした。本から顔を離して、旦那さんがボクの方をじーっと見ている。
「何か依頼を受けに行こうか?」
「採取と納品以外なら喜んでオトモしますニャ」
「じゃあ……」
「言っておきますニャ、釣りも納品ですニャ」
「先手を打つとは手厳しいなぁ」
そんなやりとりとしていると──ドアが開いた音と、呆れたような声が聞こえてきた。
「……何をしているんだ、君は」
ボクが驚いてそっちを見ると、ドアの前で沢山の本を抱えたまま不機嫌そうに旦那さんを睨んでいる人がいた。
「あ、おかえり」
「こんにちはですニャ、ジレーザさん。すみません……ボクもお邪魔してますニャ」
部屋の主にボクはぺこりとお辞儀をすると、微笑んで返してくれた。
実はそう、旦那さんとボクが今いるのは──このジレーザさんという人の部屋だった。
白というには少し暗い、グレーの髪と眼鏡の奥の鋭く赤い眼。ジレーザさんは黙っていると凄く怖い人に見えるけど、実はとても優しい人だとボクは知っている。
今はボク達がいるこの場所──龍歴院の制服を着ている。地質の研究をしてきる学者さんでありながら、旦那さんと同じでハンターもしている人だ。
バルバレっていう遠い街でハンターをしている時から、ジレーザさんと旦那さんは知り合いらしい。
どういう経緯で真面目なジレーザさんと、不真面目な旦那さんが知り合ったのかボクには未だ知らないけれど……ボクが旦那さんとベルナ村で知り合った日から今日まで、しょっちゅうジレーザさんの部屋に行っては散らかしているので、多分他の人達よりか仲は良いのだと思う。
「ジレーザさん」
「ん?」
「この部屋さ、もっと面白い本は無いの?」
「昨夜から人の部屋を派手に散らかした挙句、言うことが凄まじいな」
「いやいや、これは俺の優しさだよ。地質やモンスターの生態とか歴史関係の本ばかり読み漁らないで、もっとこう……娯楽性があるヤツもたまには」
「ここに来てからは、そんなものを見ている暇など無いんでな」
「相変わらず固いなあ、そのうちハゲるよ?」
「それは面白い理屈だな」
低い声と共にジレーザさんの眼鏡がキラーンと光ったのを見て、ボクは旦那さんに訪れる「恐怖の説教タイム」が来るんじゃないかと思って慌てた。
いつも勝手に上がっては部屋を散らかして怒られる何をのは旦那さんだけど……ボクも怒られたら大変だと思い、すぐに逃げれる準備だけはしておこうと思う。
だけどもジレーザさんは、腕に抱えた沢山の本をテーブルの上に置くと、旦那さんが寝転がっているベッドの方には行かずボクの方に来た。
ボクが文字を勉強したり、伝言板に使っている石版に目を落としてジレーザさんは溜息を吐く。その後で手を差し出してきたので、ボクが蝋石と石板恐る恐る渡すと何やら文字を沢山書き始めた。
「あそこで寝ている自堕落ハンターに、これを見せてきなさい」
戻ってきた石版を受け取って見ると、ボクの書いた汚い字にはなまるがついていた。
少し嬉しい気持ちで、ボクはその下に書かれた文字を読む。細かいけれどジレーザさんの文字は綺麗で読みやすい。
色々な道具の名前と、ユクモ村、渓流、泡狐竜、頭部・背ビレ破壊にて追加報酬、獰猛化の恐れ有り。最後に書かれた数字は報酬額だと思うけど、凄く大きな数字で驚いた。
「旦那さん、旦那さん」
「なんだい?」
「これを見るニャ」
「ふぅん……」
ボクが目の前に差し出した石版を眺める旦那さんの目は眠たそうだ。下に書いている大きな金額の内容も、読んでいるのかどうかすら分からない。ボクが見る限り、明らかに興味が無いといった感じだった。
「お、トラヴァー君。字が上手くなったね、俺もはなまるをあげようか」
「はなまるよりも、片付けとかちゃんとしてくださいニャ……それより、ボクの字より下を読んでくださいニャ」
「ん、読んだ」
返事の後で旦那さんは我慢出来なくなったのか、大きく欠伸をする。
「その依頼なら、昨日見た。タマミツネの獰猛化が本当なら、随分とタチが悪い相手だよねぇ」
「そうだな、準備を怠らないようにしても充分危険な相手だろう」
「まぁ、上位になりたての子達なら……あっという間に尻尾で押し潰されちゃうだろうなぁ」
ジレーザさんの真剣な声と正反対な旦那さんの呑気さを見る限り、会話が全く噛み合ってないように見える。
「じゃあ、頑張ってね」
ひらひらと手を振って笑う旦那さんは、完全に他人事のようだ。でもボクはこれがいつもの──狩りに行く前に、ジレーザさんと旦那さんが交わすやり取りだと知っていた。
「そうだな。私も頑張るよう心掛けるが、無論君にも頑張って貰わないと困る」
「面倒臭いなぁ......」
そう言いながらも旦那さんが素直に立ち上がったのを見て、ジレーザさんとボクは驚いて互いに目を合わせてしまった。
「今回は珍しく素直とは」
「驚いたニャ」
いつもなら、上位ハンターへの依頼──それもとびきり危ないクエストには行かないと、駄々を捏ねる旦那さんにしては珍しい。また何時ものように、意味の分からない言い訳が飛び出すと思っていたボクが目をぱちくりさせていると、旦那さんは苦笑を浮かべながら説明してくれた。
「言ったろ、それを昨日見つけたって。今日になって引き受ける物好きなハンターや、無謀なハンターがいる事を願ってたんだけど……」
「ここに居たな」
「居たねぇ、だから他の人に受けて欲しかった。例え尻尾を叩きつけられてぺしゃんこになっても、ね」
欠伸を一つと、大きな伸びをして旦那さんは肩を竦めた。何気に酷い事をさらりと言ってのけたのは、ボクもジレーザさんもあえて聞かなかったことにする。
「帰りに温泉に入りたいから、別にいいかと思って。たまには息抜きも必要だよ」
「旦那さんは、いつも息抜きしてますニャ……」
「動機が非常に不謹慎なのは置いておくが、それ位なら構わないだろう」
「よし、決まりだね」
ボク達の嫌味すら気にしない様子でにっこりと笑った後、旦那さんは脱いで掛けていたシャツを取ってドアの方へと向かった。ボクを手招きしたので、石版を脇に抱えて旦那さんの方に行くと、大きな手で撫でられた。
「よし、じゃあ準備してくる」
「1日あれば足りるか?」
「充分」
ジレーザさんの言葉に、旦那さんはこくりと頷く。
「じゃあ、また夜に」
「あ、こら片付けを……」
手をひらひらと振り出て行く挨拶をした後。片付けが余程嫌なのか、旦那さんは素早く部屋を出ていってしまった。
「いつもすみませんニャ」
代わりにボクが謝ると、ジレーザさんはまた大きく溜息を吐いた後で「夜には説教だ」とこめかみに手を当てて独り言を呟いていた。
旦那さんが悪いのだから、ボクも頷き「自分のお部屋も片付けるようにお説教、宜しくお願いしますニャ」と付け足しておいた。
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